Written by Kosei Yayoshi

【体験談】精神崩壊して高専を休学した話【僕の過去を赤裸々に話す】

LIFE

こんにちは、ヤヨコウです。「高専を休学して、1年ほど経ちました。正確には、休学してから4ヶ月ほどですが、家に引きこもっている期間は、1年なので1年ということで。高専に入学してから、休学するまでを振り返ってみます。」

僕は、2020年、現在18歳で高専3年(休学中)ですが、別の高校に編入予定です。大学への編入ではなく、普通の高校に編入します。

あ、僕は、ボクっ娘ではないですよ。男です。

高専の休学を考えている、現在高専を休学している、という人の参考になれば、と思いこの記事を書きました。

本記事の内容

  • 僕が高専を休学することにした理由【精神崩壊したから】
  • 小さい頃からの教育の影響【機能不全家族・アダルトチルドレン】
  • 高専休学の流れを振り返ってみる【適応障害で不登校】
  • 僕が高専休学中にやってみたこと【すべて公開】
  • 高専を休学しても、死なない話【実家に引きこもる】

本記事は、僕の思考整理も兼ねて書いているので、僕の実体験をもとに書いていきます。

記事の内容をネタバレしておくと

  • 高専の勉強についていけなくて精神崩壊したこと
  • 休学中の過ごし方

上記2つを、深堀りしていきます。

記事の想定読者

この記事の想定読者は、

高専の勉強についていけなくて、追い詰められて、高専を休学したい。

と考えている人です。

  • なんとなく、高専を休学を考えている
  • 何か目的、やりたいこと、があって、休学を考えている

上記ような、人には、参考にならない記事です。
これを踏まえた上で、ご覧いただけると幸いです。

僕が高専を休学することにした理由【精神崩壊したから】

僕が高専を休学した理由は、高専の勉強についていけなくなって、精神崩壊したからです。

高専休学後は、別の高校への編入予定です。

僕は、「ゼロ高に編入したいなぁ」と考えています。多分本当に、編入します。

高専の勉強についていけない【ギリギリついていける】

※高専1~3年のとき

単純に高専の勉強が、難しかったというのもありますが、僕の勉強スタイルが、高専にあわなかったというのが一番の原因です。

僕の勉強スタイル

  • 問題が解けるまで、ググり続ける
  • Google先生にたよるも情報がない
  • 先生、クラスメイトに質問しない
  • 逆に質問される立場だった

上記のとおり。僕は、独学タイプです。分からないことが、あったら、Googleで3時間ほどググるのが習慣になっています。

無意識レベルでググってしまうので、参考書の問題を1問も解けずに、5,6時間経過していた、なんてことも多々あります。

これじゃ、テスト対策なんて出来ませんよね。

普通の問題だと、ググれば、簡単に答えが分かるのですが、専門科目は、ググっても情報があまり出てません。

友達、クラスメイトに頼らなかった

僕の友達は、同じ中学校から進学した2人と、クラスメイトの1,2人だけでした。

昔から、仲のいい友達は少なかったので、交友関係は狭く深くといった感じです。

僕は、なんでも自分で解決しようとする癖が、あるので、クラスメイトや友達に、頼ることをしませんでした。

とはいえ、頼ったところで、勉強についていけないことに、気づいていたので、頼らなかった、というのもありますが…。

【専門科目は無理ゲー】テストは、赤点

※高専2~3年の時

僕は、電気情報工学科を専攻していました。

電気の勉強内容は、本当に専門レベルの内容で、ググっても全く情報が出てきません。専門科目の情報源は、参考書と授業ノートです。

なので、わからない問題があったときは、参考書と授業ノートを頼りにしつつ、ヤフー知恵袋で質問したりして、問題を解いていました。

僕は、授業ノートとヤフー知恵袋を、頼りに、なんとか高専3年まで進級することできます。

進級出来たただけで、単位は落としまくっているので、「独学で、しっかりと勉強できていた」というわけでは、ありません。

暗記系が絶望的に苦手だった【授業中はライトノベル】

※高専2年のとき

僕は、専門科目だけでなく、一般科目も苦手でした。

特に、暗記系の科目が苦手で、英語と社会の授業中は、内容が頭に入ってきません。

特に、苦手科目の英語は、

  • 英語
  • 英会話
  • 英作文

の3つの科目があります。

苦手科目を、無理して、勉強する日々が2年間続きます。

そして、いつの日か、頭に何も入ってこなくなりました。その日以来、僕は授業には参加せずに、授業中にライトノベルを読むようになります。

英語は、単語テストが地獄で、テスト前日の夜に2時間、テスト前の昼休みに1時間。合計3時間、勉強しても、10問中、3問しか正解しないなんてことが、1年間ほど続きます。

後期の授業からは、何をすればいいのか分からなくなり、単語テストで0点を連発します。

心に余裕がなくなる

今思えば、単語テストで点がとれないのは、一夜漬けが原因なのは、明白です。

しかし、当時の僕には、何かを継続して勉強する、心に余裕がありません。

家に帰れば、親に

「テストで赤点さえとらなければいい」

と言われ、僕は、電気の専門科目で赤点を取らないために、必死に勉強します。

専門科目で、「いっぱいいっぱい」の僕ですが、一般科目も勉強しなければいけません。

高専2年の時点で、僕が実際に勉強していた科目は下記のとおり。

  • 国語
  • 代数学
  • 微分積分
  • 英語
  • 英作文
  • 英会話
  • 社会
  • 化学
  • 物理
  • 電気回路
  • 電子回路
  • 電気実験
  • 情報
  • プログラミング言語

詳しい教科の名前は、忘れましたが、高専2年生の時点で、一週間で、10~13科目くらいを並行して勉強していました。

正確な科目数は、覚えてないので、実際の数字は、多少上下するかもです。

今、改めて見ると、あまりにも量が多すぎですね。

そして僕は、専門科目の勉強時間を削り、一般科目に時間を割きつつ、勉強します。睡眠時間は削りませんでした。

しかし勉強の成果は、出ることはなく、高専2年のときから、テストで赤点をとるようになります。

この頃から、僕は、少しずつ、心の余裕がなくなっていきます。

塾に通いながら、専門科目を勉強する

高専2年の夏休み頃から、塾に通い始めます。塾は、高専対応だったので、専門科目を中心に勉強します。

同じ高専の先輩から、専門科目の電気を教わりますが、テストの結果は赤点でした。

結果は、分かりきっていたので、特にショックを感じることはなく、冷静に

「あ、これじゃ、たとえ進級できたとしても、4年生で留年するだろうな」

と未来の映像が頭に浮かびました。

そのとき、僕は、高専の授業についていくのが、やっとだったので、頭の中は、

「進級しないと、父に怒鳴られるかもしれない」

という謎のプレッシャーに追われるようになります。

父に「休学したい」と伝えても「逃げ」と言われる

僕が、精神崩壊する直前に、「高専を休学したいと」父に伝えたことがあります。そして、父から

「それは、甘えだ、逃げだ。」

と怒鳴られてたことを覚えています。

僕は、父がどういう反応をするのか、分かっていたので、なにも感じませんでした。

「あ、この人は、自分のことしか考えてないんだな。僕のことは、何も考えてない」

と思いました。父は、休学に反対したので、僕は、

「こうなったのは、すべて環境が悪い」

と開き直ろうとしますが、擦り切れた僕の心は、そう簡単に開き直れませんでした。

僕の心は限界なのに、父はそれを許さないし、認めてくれません。

そして、僕自身も自分を責めてしまいます。

専門科目は独学でキャパオーバー寸前

※高専2,3年のとき

僕が、高専2年のとき、専門科目は独学でキャパオーバー寸前、一般科目は、時間をかけても、テストは赤点で、「心は、いっぱいいっぱい」です。

そんな日々が、2年も続きました。

専門科目は、ほぼ独学状態で赤点ギリギリ、英語、社会は覚えることが多くて、頭がパンク寸前。

専門科目は、いくつかあって、3年のときにあった科目は、

  • プログラミング言語
  • 電子回路
  • 電気回路
  • 電磁気学
  • 電気実験

上記の科目を勉強していました。

プレッシャーで「心がいっぱいいっぱい」になる

電気系は、ほぼ独学状態だったので、誰にも頼らず、ただひたすらに、一人で授業ノートと向き合っています。

電気は、計算がメインです。先生が言うには、数学は、大学レベルの内容を勉強していたそうです。内容は、微分積分です。

それに、加えて、一般科目の勉強もあります。僕は、専門科目で「いっぱいいっぱい」です。

更に、テストで赤点をとったら留年という、プレッシャーに押しつぶされそうになります。

毎日、絶望しつつ、諦めつつ、自分にすら期待できずに、授業を受けます。

高専3年が始まり2ヶ月で精神崩壊

父は、追い打ちをかけるように、僕と目を合わせると

「テストで赤点とらなければ、何をしてもいい」

と言ってきます。高専の赤点は、60点です。

そして、高専3年が始まって、2ヶ月で精神崩壊して、何も考えられなくなります。そして、引きこもり生活が始まります。

引きこもり中は、「メンタリストDaigo」さんの動画、ネット記事を見つつ、今の自分の状況ならどうするべきなのか。

心に余裕を生むには、どうしたらいいのか、いろんなことを調べて、自分なりに考えて、試します。

心療内科に行き「適応障害、不登校」と診断される

僕が引きこもり始めてから、3ヶ月後、母と共に心療内科に行き、僕は「適応障害、不登校」と診断されます。

その後、父の了解を得られ、2020年の9月頃ようやく、高専を休学することが出来ます。

小さい頃からの教育の影響【機能不全家族・アダルトチルドレン】

ぶっちゃけ、これを公開するのか、すごく悩みましたが、「これを読んで共感してくれる人が絶対にいるはず」と思ったので公開します。

これから話すのは、小学生の時の話です、高専休学とあまり関係ないかもですが、なんとなく書きます。

まえがき

注意書きですが、これを読んでも、何もしないでくださいね。心のなかで「サイテー」くらいには、思っていいですけど。

あくまで、これは僕の主観の話なので、他人から見たら、これが普通なのかもしれません。

僕は、これから話す、内容の生活が当たり前でした。

小学生の頃の記憶

僕が、小学生のときに、父がブチギレて、家から追い出されそうになったことがあります。

父は、感情的になって、怒鳴ります。論理が滅茶苦茶です。

『ごめんなさい』が言えないなら、家を出ていけ。

それを言われたとき、僕は、頼れる人が父しかいませんでした。

幼い僕は、本能的に、「この人に逆らったら僕は生きていけない」と思います。

何が原因で怒られたのか、覚えていません。ただ、怒鳴られた記憶だけが鮮明に思い出せます。

父に逆らったら、僕は生きていけない

僕は、泣きながら、父に「ごめんなさい」と何度も言います。母は、父に逆らえません。

父に逆らえば、母が標的になってしまいます。父は、僕を叱るときに、

「ごめんなさい、が言えないなら、母のようになる」

と本気で言ってきます。

僕は、母の悪口を言われるのが嫌で、父に反抗しようと思いますが、それは出来ません。

幼い僕には、何も出来ない

もし僕が、反抗すれば、父と母の関係が悪くなってしまうのではないか。僕は、家を追い出されるのではないか。

生きるためには、これは、我慢しなければいけないことなんだ

と、幼い僕は考えます。

父の機嫌を取らないと、、、

父の言うことは、絶対。父が怒鳴ったら、何が何でも、機嫌をとらないといけない。

そんな家庭環境の中で、僕は18年間生活してきました。

父は、人前では、優しく、いい人に見えますが、家では、別人です。

自分の感情をコントロールできずに、なにを、きっかけにして暴走してしまうか分かりません。

家の空気は、父に支配されています。父の機嫌が悪くなれば、家の空気が変わります。

ピリピリとした、嫌な空気の中、僕と家族は、自分のことを後回しにして、父の機嫌をとらなければいけません。

17歳のときの年越し

僕が17歳のとき、年越しを家族と過ごしていたときです。その時は、父の機嫌がよく、僕も珍しく父と会話していました。

僕は、父との会話で、父の意見に疑問を持ち、つい正論で反論してします。すると父は、みるみる機嫌を悪くし、僕を怒鳴りつけ、父は暴論を押しけます。

僕は、暴論に対し、また正論で答えを返していました。そして、父は僕に手を上げようとします。

幸いにも、殴り合いには、なりませんでしたが、テレビのリモコンを本気で投げつけられました。死ぬかと思いました。避けたので、あたりませんでした。

新年早々、父の機嫌が悪くなり、家の空気は最悪です。その日は、何も考えずに寝ました。

翌朝のこと

翌朝、起きると、父は何事もなかったかのように、平然としています。

僕は、昨日のことを思い出すと、体中に緊張が走ります。しかし、その緊張は、意味がありませんでした。

僕の気にしすぎです。すこし、気を張りすぎていたのかもしれません。

常に気を張っていることが日常

こんな感じで、

父の機嫌が悪くなるのではないか、家を追い出されてしまうのではないのか。

そんか恐怖を常に感しながら生活しています。

そして、僕は、いつも神経を研ぎ澄ませて、気を張っています。

常に気を張っている影響なのか、僕は、

  • 物音に敏感です。車の音が聞こえると、誰の車かすぐに分かります。
  • 誰かに触られると、心臓の音が自分で聞こえるくらい緊張します。
  • 怒鳴り声が聞こえると、体が萎縮します。大きな音が苦手です。

あらゆる刺激に対して敏感にです。

慣れないこと、普段はやらないようなことをすると

  • 動機
  • 吐き気
  • 手の震え
  • 極度の緊張

が止まらなくなります。

学校行事や部活の試合、授業中の発表、人付き合い、全てがストレスです。

自分の感情を捻じ曲げて、平気な顔をする

僕はいつも、本当は、怖くてしかたないのに、自分の感情を捻じ曲げて、平気な顔をしています。

これを18年間毎日、無意識レベルで行っています。もう慣れました。僕からしたらこれが、日常です。

僕は、家で安心して過ごせる場所はありません。

常に気を貼っていないと、自分を保てなくなってしまい、気を抜くと、泣きそうになってしまいます。

自分の感情が分からなくなる

最近は、こんな生活にも慣れてしまったので、何も感じなくなりました。

少しは、感じているのかもしれませんが…。

自分の感情を捻じ曲げて、他人に気を使って生活していると、自分の感情が分からなくなって、しまうようです。

僕が常に気を張っている理由

僕が、常に気を張っているのは、家で生き残るためです。父の機嫌が悪くなれば、父は僕を怒鳴りつけ、「家を出ていけ」と言います。

たとえそれが、冗談や嘘だったとしても、それを言われると、子供の僕は、父に従うしか選択肢がありません。

僕は、父の機嫌を取らないと「出ていけ」と言われ、父の機嫌を取らなければ、「家を追い出されるかもしれない」という恐怖に襲われます。

幼い僕(当時小学生)には、自分一人で暮らしていける経済力もなく、頼れる場所が、父や母しかいません。

家を追い出されてしまうかもしれない。

そう思うと、何が何でも父の機嫌を取らなければいけない。父の意見は絶対なんだと、僕は、すべてを諦めます。

幼い僕が、頼れる場所は、父や母のいる家だけなのですから。

すべてを諦めて、行動するしかしい

今は、すべてを諦めて、ブログを書くことに集中しています。

僕が何かを考えたところで、なにも変わりません。

今の僕に出来ることは、ブログを書いたり、動画編集をしたり、女声の練習をすることぐらいです。

「出来ないことを考えるより、今できることに挑戦したほうが、自分のためになる」

本気で、そう思っています。

ただでさえ、自分がなにをしたいのか、自分の感情さえも、よくわからないのですから。

やれることは、やっておかないと怖い。

僕は、なぜか、そう感じてしまいます。

アダルトチルドレンぽい

完全に余談ですが、僕のような家庭は機能不全家族というそうです。そして、僕は、アダルトチルドレンの傾向があります。

アダルトチルドレンは、精神的な病気ではなく、生活環境の問題なのだそうです。詳しくはググってね。

詳しいことは、分かりませんが、時間をかければ、普通の精神状態に戻れるみたいです。

なので、諦めつつ、のんびり回復できるように、いろいろと試してして生きます。

どうでもいいかもですが、僕は、「恐れ・回避型」愛着スタイル、っぽいです。
» アダルトチルドレン(AC)・愛着障害の方への「より良い」接し方

アダルトチルドレンについて

アダルトチルドレンについて、知りたい方は、

ハッピーシュガーライフ」というアニメを見てもらうと、アダルトチルドレンの特性が分かるかなと。

僕は「神戸あさひ」というキャラクターと特性が似ています。

アダルトチルドレンには、様々な特性があるので、一概にすべての人が、同じ特性というわけでは、ありません。

大人しい人もいれば、暴力的な人もいる。そんな感じです。詳しく知りたい方は、下記をどうぞ。
» アダルトチルドレン(AC)・愛着障害の方への「より良い」接し方

最近の出来事、休学後のアフターストーリー

アフターストーリーです。なんかCLANNADっぽいですね。

僕が休学することが決まった、数日後、父は、僕に話をしに来ました。

そして僕に、ある宗教関係の勧誘をしてきました。

僕が、それを断ると、

「この家では、俺が言ったことが法律だ」

と怒鳴り、僕を殴りかかります。

殴られはしませんでしたが、踏み潰されそうになりました。

僕は、突然の出来事に、何が起こったのか、理解できず、泣いてしまいます。僕が18歳、2020年9月頃の出来事です。

そして、なぜか従兄弟のお母さん(父の姉)に電話をして僕と話をさせます。僕は、素直に、今起こったこと、宗教に対する考え方、過去の父の言動について、話しました。

※具体的には、先程、書いた小学生の頃の話などを父の姉に伝えました。他にも、色々とありますが、あまり表に出していいものでもないので、これくらいにしておきます。

父の姉は、父がしていたことを、知らなかったようで、父を叱ってくれました。

最近は、父の姉が父を叱ってくれた、おかげで、平和に生活できています。

高専休学の流れを振り返ってみる【適応障害で不登校】

僕が、高専を休学をしたのは、コロナの影響で、高専がオンライン授業している頃です。

僕と同じような休学のしかたを経験した人は、かなり少数派です。つまりレアキャラです。

僕の高専休学までの流れ【2020~】

  • 2月.高専2年(17歳)のときに、単位を落としまくる
  • 3月.再試を受けるも電気回路の単位を落とす
  • 5月.コロナの影響で高専3年がオンライン授業になる
  • 6月.オンライン授業についていけなくなる
  • 6月.課題の提出期限に間に合わなくなり、精神崩壊
  • 7月.高専から距離を置く
  • 9月.心療内科で「適応障害、不登校」と診断される
  • 10月.高専休学開始!\(^o^)/高専からの開放

大まかな流れは、上記のとおり。

コロナの影響で高専がオンライン授業になったため、2020年の2月の再試以降、学校には行かず、家に引きこもっています。

今現在、1年ほど引きこもり生活をしています。

2020年6月頃は、精神的に余裕がなかったので、うつ病に近い状態でしたが、今は、ある程度回復しています。

たまに病みそうになりますが、3日休めば、元に戻ります。最近は、自分のメンタルコントロールが、少しずつ、できるようになってきたので、落ち着いています。

とはいえ、普通にメンタルが弱いことには、変わりありませんが…。

それでは、詳しい状況を振り返ってみます。

2月.高専2年(17歳)のときに、単位を落としまくる

高専は、学年が上がるにつれ、専門科目の割合が増えていきます。

2年生になり、専門科目の割合が増えてきた頃から、僕のキャパシティは、限界を迎え始めます。

テストでも、赤点を取るようになり、進級ギリギリのところまで、単位を落としてしまいます。

なんとか3年生に進級はできましたが、その後、僕は闇落ちします。

3月.再試を受けるも電気回路の単位を落とす

高専は、学年の終わり(2月頃)に、1度だけ再試を受けることが出来ます。

この再試は、必要以上に単位を落とした人が、進級を賭けた、最後のテストになります。

当時(高専2年のとき)僕は、

  • 電気回路
  • プログラミング言語
  • 英語
  • 英作文

の再試を受けました。

僕は、再試で単位を取らないと、進級できないことが、分かっていたので、単位数の多い、電気の専門科目と、苦手だけど点が取りやすい英語に力を入れます。

結果は、

  • 英語
  • プログラミング言語

だけ単位を取ることができ、一番時間をかけて準備していた電気は、落としてしまいます。ついでに、英作文も落としました。

電気回路は、8月ごろから入念に準備をしていたのにも関わらず、惨敗でした。英作文は、単純に勉強不足でした。

塾に行ってもダメ、独学してもダメでした。高専2年生の終わり頃には、電気系の勉強に、まったく興味がありませんでした。

英語は、もともと、どうでもよかったので、特に感想はないです。

再試の結果を見て、一番最初に湧き上がったのは、

「父に怒鳴られるかもしれない」

という感情です。震えが止まりません。

5月.コロナの影響で高専3年がオンライン授業になる

再試で必要最低限の単位はとれたので、3年に進級することが出来ました。

しかし、世の中は、コロナで普通に新学期が始まる空気ではありません。高専は、オンライン授業で前期の授業を開始します。

高専のオンライン授業は、課題提出のみで、指定された課題を提出すれば、出席扱いになりました。

6月.課題の提出期限に間に合わなくなり、精神崩壊

僕は、最初のうちは、課題を提出していましたが、やはり専門科目(電気)の課題に時間がかかってしまいます。

始めのうちは、参考書や授業プリント、ヤフー知恵袋を頼りに、なんとか課題を提出します。しかし、すぐに限界は来ました。

精神崩壊が始まる

オンライン授業が始まってから1ヶ月後、僕は、高専の課題を提出できなくなります。

課題をしようとすると、

  • 動機
  • 吐き気
  • 手の震え
  • 極度の緊張

が止まりません。僕は、自分の体が警告を出していることに気づき、両親に、高専を休学したことを伝えます。

母は、あっさりと了承してくれました。しかし、父は違いました。僕が休学をしたいというと、父は

「休学するのは、甘えだ、逃げた。」

と言いました。僕は、父がなんていうのか分かりきっていたので、

「あー、僕は精神崩壊してなにもできなくなるまで、自分を追い込まなきゃいけないのか」

と感じていなのかもしれません。当時のことを思い出そうとすると、記憶にモヤがかかっているようで、鮮明に思い出せません。

これが、2020年の6月頃のことです。

7月.高専から距離を置く

父は、僕の現状を理解してくれる気配はありません。僕は、もう限界を超えていたので、高専のことは考えないようにします。

自分のなかの、何かが「ぷつん」と切れたような感覚でした。

もう、なにも考えたくありません。その日からは、家に引きこもり始めます。

生活リズムは、精神と共に崩壊し、深夜3時にねて、昼の13,14時に起きるような生活を4ヶ月ほど続けます。

つい最近、2020年11月くらい、まで、こんな感じの生活を送っていました。

9月.心療内科で「適応障害、不登校」と診断される

本当は、7月に心療内科を受診したかったのですが、予約が取れなくて、精神崩壊してから、2ヶ月ほど後に行きました。

病院の先生からは、「適応障害、不登校」と診断されました。

不登校と診断されたときは、心に何かが「ぐさっ」と刺さったような気がしましたが、これで、高専を休学できるかな、と少しの安心がありました。

10月.高専休学開始!\(^o^)/高専からの開放

病院での、診断結果の影響なのか、父はようやく、休学を認めてくれます。

高専を休学するには、両親の許可を取らないといけなかったので、休学のハードルはかなり高かったです。

僕が「休学したい」と両親に伝えてから、休学するまでに4ヶ月ほどかかりました。

その4ヶ月の間に、なんどか精神崩壊しましたが、とりあえず、休学できてよかったです。

これで、休めます。(つ∀-)オヤスミー

僕が高専休学中にやってみたこと【すべて公開】

僕が2020年9月頃からやってみたことを、まとめてみます。

かなり病んでた時期から、病み上がりのときに挑戦したことなので、作業量はかなり少なめです。

趣味レベルですかね。

僕が高専休学中にやってみたこ

  • ブログでSEO、セールスライティングを勉強開始
  • stand.fmでラジオ配信をしてみる
  • 女声の練習をしてみる
  • アニメを一気観しまくる
  • html,cssの勉強をしてみる
  • 動画編集をしてYouTubeに投稿してみる5本くらい
  • 無料でWebライティングの仕事を受ける7記事納品
  • YouTubeのライブ配信を限定公開にして一人カラオケ大会を開催
  • ブログの毎日更新をしてみる→連続12日で終了
  • 高専休学についてまとめてみる←いまココ

ざっくり書くと上記のことに挑戦しました。

実際に書いてみると、作業量が少なく感じます。

僕が尊敬している「鈴木けんぞう」さんや「マナブ」さんを見ていると、あれくらい作業しないといけないよな、と自分のレベルの低さに絶望します。

とはいえ、最近は、絶望しつつ、萎えつつも、諦めて毎日ブログを書いています。

一記事入魂です。

色々なことに挑戦してみた理由

僕が、なぜ家に引きこもりつつ、いろんなことに挑戦したのか考えてみます。

・・・

はい、特に意味はありません。

なんとなく、やってみたこれだけです。特別、これは絶対にやるって決めて挑戦してみたわけでは、ありません。

自分の感情が分からない

先程も少し書きましたが、僕は、自分の感情がよく分かりません。

なので、少しでも興味をもったら、触れてみることにしています。

Twitterで見たからやってみる。なんとなく、自分にあってそうだからやってみる。楽しそうだからやってみる。きっかけは、些細なことが多いです。

僕が今、ブログを書いているのは、楽しいからです。

どうせやるなら、本気でやろうと思って、今は、ブログで10万PVを目指して記事を書いています。今は、2000PVくらいです。

高専を休学しても、死なない話【実家に引きこもる】

ここからは、僕の考えをまとめていこうと思います。

  • 高専を休学、退学しても死なない話
  • 実家に引きこもりつつ、心と身体を休ませる
  • 精神的に余裕ができたら、何かに挑戦してみる

上記を深堀りします。

高専を休学、退学しても死なない話

日本に生まれた時点でヌルゲーです。最悪、生活保護を貰いつつ生活できるので、野垂れ死ぬことは無いと思います。

あたりまえですが、高専を休学、退学したくらいじゃ、死にません。

別に、すぐに進学、就職する必要なんて無いですし、焦って進学、就職しても、僕のように精神崩壊するだけです。

心の余裕を作ることが最優先

精神崩壊すると、もとに戻すのに、相当苦労するので、最優先で、心と体を休ませるべきです。

まずは、しっかりと心と身体を休ませることに専念すべきです。僕は、4ヶ月ほど、精神崩壊していましたが、そんな状態で、新しいことに挑戦するとか、無理ですよ。

僕が、色々と挑戦し始めたのは、精神崩壊してから、4ヶ月後のことです。まずは、焦らず落ち着くのが先です。

実家に引きこもりつつ、心と身体を休ませる

今の僕は、実家に引きこもりつつ、ブログを書いています。もともと引きこもり体質なこともあり、引きこもっていると、とても落ち着きます。

とはいえ、僕は、実家にいると、常に気を張ってしてしまうので、無意識のうちに疲れが溜まっているかもです。

18年間も常に気を張り続けているので、もう習慣みたいなものになっています。

実際のところ、どれくらい疲れているのかは、自分でもよく分かりません。

精神的に余裕ができたら、何かに挑戦してみる

精神的に余裕が出てきたら、何かに挑戦してみるといいかもです。

僕は、ブログの毎日更新をしたり、動画編集をしたり、女声の練習をしたり、色々なことに手を出しています。

最近だと、Webライティングの仕事を無料で受けて、7記事ほど納品しました。

ぶっちゃけ、家に引きこもっていると、一週間くらいで飽きます。飽きてきたら、なにか新しいことに触れてみましょう。

なにかに、挑戦してもすぐに、成果はでませんが、何もしないよりかは、楽しいですよ。

高専を休学したいけど、休学を決意できないあなたへ

よくある質問的な感じで、僕が勝手にありそうな、質問をまとめてみました。下記は、僕の妄想ですが、ちゃんと考えて書きました。

高専休学よくある質問

  • 休学したいことを親に伝えられない
  • 休学した後の交友関係について

あと、無責任なことしか言わないので、僕のアドバイスを真に受けないでくださいね。

休学したいことを親に伝えられない

いわゆる毒親の場合は、子供が「休学したい」と伝えても相手にされないと思います。僕の父もそうでした。

なので、毒親を説得するのは、諦めるのがいいかなと。

最終奥義・精神崩壊

無責任なことを言いますが、精神崩壊すれば休学できると思います。僕も、父を説得できなくて、無理して勉強して、精神崩壊して休学したので。

…。これだと、あまり参考になりませんね。ちょい深堀りします。

他人の意見は無視してOK

休学したいことを先生や親に相談しても、人によっては、

  • 努力が足りない
  • 友達に勉強を聞けばいい
  • 休学するのは甘えだ、逃げだ
  • 休学するには、病院の診断書がいる

とか言ってきますが、すべて無視してOKです。

高専によって違うと思いますが、休学届に、名前を書いて提出すれば、休学できますよ。病院の診断書は必要ありません。

本当に、休学したいのであれば、担任の先生ではなく、教務係や学生課に相談です。

精神的に、「心がいっぱいいっぱい」な状態で、まともな努力なんて出来ません。ましてや新しいことを覚えようとするなら、ますます精神的に追い込まれます。

僕は、父の意見、先生の意見をすべて無視して、嫌なことから逃げました。嫌なことに、縛られて、うつ病になるくらいなら、さっさと逃げてしまうのが最善です。

逃げても、だれもあなたを責めませんよ。

必要なのは、心を休ませる時間

必要なのは、心を休ませる時間です。

自分なりに頑張って努力していても、周りからは、「サボってる」というふうに見られているかもです。

しかし、実際のところ、自分の事を一番わかっているのは、自分自身です。「心がいっぱいいっぱい」でどうしようもなくなったら、なにもできなくなってしまいます。

そんな状況で、頑張ろうとすると、精神崩壊してしまいます。

心療内科で「適応障害、うつ病」の診断書をもらう

簡単な解決策は、心療内科に行くことです。人によっては、難しいかもですが、病院の診断書は、かなり説得力があります。

うつ病の診断を病院から貰えれば、仕事を辞めることも出来ますしね。

病院で、

  • 適応障害
  • 不登校
  • うつ病

と診断されれば、両親もさすがに、休学を認めてくれるはずです。

それでもダメなら、本当に精神崩壊して、救急車で運ばれるとかですかね。

ここまで来ると、家庭環境の問題の気がしますが、子供が、精神崩壊して、救急車で運ばれるまで、放置しておく親は、いないと思います。

たとえ、放置する親が、いたとしても、それは、育児放棄とかになると思うので、家族以外の人を頼った方がいいかなと。

休学した後の交友関係について

僕の場合は、TwitterとLINEで、一人だけ連絡と取り合ってます。

交友関係は、その友達と、たまにカラオケに行くくらいですかね。これくらいの距離感が心地いいです。友人に感謝です。

もともと、連絡を取り合う友達が少ないので、休学したからと言って、友達が減ったという感覚はないです。

クラスメイトとも、授業中の事務的な会話しか、してなかったので、名前もあまり覚えてません。

引きこもり生活が精神的に楽

高専で過ごすより、休学して、引きこもってるほうが、精神的にとても落ち着きます。

引きこもっているほうが楽なので、僕には、集団生活は向いてないんだなと実感しています。

集団生活だと、無意識のうちに、気を張っているのか、居心地が悪いです。

高専の思い出を振り返る

高専で面白かったことは、文化祭のモノマネ大会でした。担任の先生のモノマネをしているのを見て、すっごくツボったのを今でも覚えています。

モノマネの内容は、「英語の授業で先生がボソボソと教科書を読み上げる真似をする」という内容でした。

それが、僕が最後に体験した文化祭の思い出です。面白かったので満足です。

とはいえ、高専に行くより、家に引きこもって、ブログを書いていたほうが、精神的に落ち着くので、しばらくは、この生活を続けていくと思います。

おわりに:高専を休学してみて

というわけで、色々と書いていたら、長くなってしまいました。

  • 高専を休学した話
  • 僕の家庭環境の話
  • 僕の性格の話

と、かなり深堀りして書いてみました。

この記事を読んだあなたは、僕のことを

「不幸な環境もあるだろうけど、色々と不器用な人」

と感じたかもしれません。この記事を読んでもらった、友人からは、

「もっと力抜いたり、ズルして生きてええやろ」

と言われました。

「力抜いたり、ズルして生きよう」としても、多分無理な気がしますが、自分なりに、行動してみようと思います。

あとがき:この記事を書いて

高専を休学する理由は、様々ですが、過去の僕のように、

高専の勉強についていけなくて、精神的に追い詰められている人の、ヒントになればいいな

と思い、この記事を書きました。

この記事を書く前に、「高専 休学」でググってみたのですが、

  • 高専1年~3年で休学した
  • 勉強についていけなくて休学した

という人の体験談をまとめた記事がなかったんですよね。

僕が「高専を休学したい」と思ったときにも、「高専 休学」でググりましたが、あまりにも情報がなくて、とても不安な気持ちになったのを覚えています。

僕と同じように、「高専 休学」でググって、この記事を読んでくれたあなたが、次の一歩を踏み出せるヒントになったらいいな、と思っています。

これからについて

僕は、一度、精神崩壊して、うつ病に近い状態になりましたが、今は少し回復して、家に引きこもりつつ、ブログを書いています。

無理して、頑張っても、精神崩壊して、うつ病になるだけなので、まずは、ゆっくり休むのが一番です。

僕は、引き続き、家に引きこもりつつ、ブログをのんびり更新できたらなと思います。

「勉強についていけなくて、精神崩壊して、高専を休学した」というお話でした。

それでは、本記事は以上で終わりです。
この記事から、なにかヒントを得られたのなら幸いです。